内向型の逆襲

心穏やかな生活を手に入れるために

ハラスメントというよりも不機嫌は罪

huffingtonpostに不機嫌ハラスメント=フキハラという記事があったので読んでみました。

 

語感はともかくとして、不機嫌は間違いなくハラスメントです。

うちの父親が母親にしているのがまさにこれ。不機嫌による他人のコントロール

 

母が出すご飯全てにケチをつけ、外食に行っても美味しくないと駄々をこねる。基本不機嫌で、他人をけなすことしか能がない。父なりに人生を必死で生きているのでしょうが、そこに関しては軽蔑の気持ちしかありません。

 

家の雰囲気を自ら悪くする意味が全くわからないのです。

そんなことをしても誰も得しないんですけどね。

 

人前で不機嫌になるって、間違いなく「自分のことを軽蔑してください」っていう意味ですよ。不機嫌アピールする人は、その覚悟を持って不機嫌になってほしい。

 

そもそも不機嫌になるっていう行動が相当ダサい。許されるのは可愛い赤ちゃんだけ。あとは猫くらいでしょうか。不機嫌はどんなに可愛い人間も可愛くなくなってしまう愚かな行為です。

 

この手の話は長くなりそうなので、先に結論を言っておきます。

 

不機嫌な人からは逃げましょう

そして自分の機嫌は自分でとりましょう

 

■不機嫌は人を殺す

はっきり言って不機嫌は罪ですよ。

その先に物事の解決はなく、不機嫌になっていい理由がそこにないからです。

 

父親のネガティブを浴び続けていた母は、全然笑わない人になってしまいました。

1人の人間が笑わなくなってしまう、それは本当に悲しいことです。

 

どんなに社会的地位の高い人でも、好みのルックスであったとしても、僕は不機嫌を表明する人とは即座に縁を切ります。一緒にいてもろくなことがないからです。必ず不幸になります。

 

インターネットでもなぜかめちゃくちゃ不機嫌な人いますよね。わざわざネットに繋いでまで自分の不機嫌さをアピールする意味がまったくわかりません。画面に文字を打ってて虚しくならないのでしょうか。

世の中探せば楽しいことはいくらでもあるんですけどね。

 

嫌なことに遭遇することは誰にもあると思います。それはどうしようもない。

そこでどういう行動を取るか。それがその先の人生を決めます。

 

不機嫌になる人は、残念ながら物事の解決を望んでいない人。

不機嫌アピールというのは究極の他力本願だからです。

 

「不機嫌な自分の気持ちを汲み取ってくれ」

 

それでは絶対に物事は変わりません。

不機嫌なことだけは伝わりますが、なぜ不機嫌なのかは永遠にわからない。

それを伝えるために言葉があるのです。

 

前述のウチの父の場合ですが、例えば

「今日の食事は塩辛い、もう少し薄味で作ってくれ」

「今日はカレーが食べたい。カレーを作ってくれ」

それを言えれば物事は好転するのですが、しないから何も変わらない。

なぜそんな簡単なことすらしないのかもわからない。

 

必要な要求はせずに一方的にふてくされて「もっと美味いものを食わせろ」の一点張り。

その人の味覚や今何を食べたいかが他人に分かるはずがない。やっていることがめちゃくちゃですよ。

 

そんなことをしているから、いつまでたっても自分の食べたい物にありつけない。完全にそれは自分の責任なのです。

必要なのは不機嫌ではなく、きちんと言葉に出して伝えることです。

 

それができないから不機嫌ハラスメントをするのでしょうけど・・・

身近で見ているからよくわかりますが、これは本当に難しい問題です。

 

話し合えば解決できるのでしょうか?

「うんわかった。明日から不機嫌やめるね」そうなる可能性は低いと思います。

僕の中では不機嫌は不治の病という認識です。

 

治らないからこそ厄介なのです。

 

 

■スタートは縁を切ること

ここからは僕なりの解決法ですが、すごくシンプルです。

 

不機嫌な人とは縁を切りましょう

 

それができないから困っているんだよ。と言われそうですが、やはり縁を切るしかない。

「それくらい我慢しろ」とよく言われるけど、それが我慢できないということは、その人にとっては「それくらいのことではない」のです。

 

この際「不機嫌くらい我慢しろ」という人たちとも縁を切りましょう。

その人たちに問いたいのですが、不機嫌になっていい理由ってなんですか?

生産性のない行為を続ける幼稚さを理解できないんです。

 

僕の場合、不機嫌な人がいる職場は長続きしませんでした。

耐えられないんですよ、あのわがままに。

耐え難い苦痛でした。

 

辞めたらわかるのですが、あの無駄な時間はいったい何だったんだと気づきます。

ただのわがままに気を遣った無意味な時間・・・

解決法はなく、どこまで行っても不機嫌な人は不機嫌な人でしかないのです。

 

家族と縁を切るのは厳しいかもしれませんが、職場なら辞める自由は残されているはず。

不機嫌な人と毎日顔を合わせるメリットは何もありません。辞めた方が確実に後の人生にプラスになります。

 

不機嫌な人と時間を共有するということは、会うたびに財布の中から一万円を抜かれるようなもの。それくらいのダメージがあるので我慢していいレベルではありません。心に与えるダメージはもっと甚大です。

 

世の中にはありえないほど不機嫌な人がいるのと同じように、信じられないくらい上機嫌な人もいるのです。上機嫌な人はとにかく気持ちいいです。そういう人は一緒にいるだけで幸せです。

 

そんな人と巡り合うためにも、まずは不機嫌な人のいる世界と決別する必要がある。

無事に決別できたら次は自分が不機嫌にならない。そうすれば間違いなく人生は好転します。

 

忍耐を強いる風潮も変わろうとしてはいますが、まだ「それくらい我慢しろ」という声が根強く残っているのも確かです。

 

世の中には不機嫌じゃない人がいる世界がある。

不機嫌を表明しない人がいる。

 

まずはその当たり前のことを知るのが一番の解決法だと思います。

そして自分の機嫌は自分で取ることを徹底する。

それができるようになって初めて不機嫌でない人々の住む世界へたどりつける。

そんな気がしています。

 

長くなりましたが、最後まで読んでくれてありがとうございました。

 

 

不機嫌は罪である (角川新書)

不機嫌は罪である (角川新書)

  • 作者:齋藤 孝
  • 発売日: 2018/05/10
  • メディア: 新書