内向型の逆襲

念のため言っておきますが、ブログ名がとてつもなくダサいことは認識していますよ

セミファイナル

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高校2年の夏と大学1年の夏、ともに2週間であっさりと彼女にフラれた僕は友達からセミと呼ばれた。地上に出てわずか2週間で短い生涯を終えるというのがそのネーミングの由来だ。まぎれもない事実なので返す言葉もない。セミの克服が大学最初の課題になった。ゼミなら大学生っぽいのだが、セミというところがカッコ悪い。

 

2週間って、サブスクの無料お試し期間みたい。今だったら「無課金」って呼ばれるかもしれないね。

 

どうすれば2週間以上続くか僕なりに作戦を練った。まずは環境を固めることにした。大学1年の夏休みに住み込みでバイトして貯めたお金で「テレビデオ」を買った。30代の人ですらもう知らないかもしれないが、テレビとビデオが一体になっていて、一人暮らしには必須のアイテムだった。これで彼女と一緒に映画を観るのが当時の僕の最大の目標だった。

 

実際に彼女と映画を観るのは、テレビデオを買ってから1年以上後になったが、この頃に友達と一緒に観た「セントオブウーマン」や「いまを生きる」は今でも好きな映画だ。

 

大学2年の夏休みに住み込みバイトで貯めたお金で50枚入るCDチェンジャーを買った。今ならSpotifyApple Musicで好きなアルバムをスキップし放題なのでありがたみはわからないかもしれないが、リモコンでCDを入れ替えできるこの機械は50000円払っても買う価値があった。映像良し、音楽良し。テレビデオもCDチェンジャーも装備した僕の部屋に死角はなかった。

 

大学1年時の下積みが評価されたのか、ようやく大学2年の時に彼女ができた。一緒にモスバーガーにすら入れなかった僕が、なんと東京ディズニーランドなる施設に入園させてもらう権利を得た。

 

それまでの僕の人生のドロドロした部分は、全部その日のディズニーランドが洗い流してくれた。ミッキーマウスにも全力で手を振った。もう自分が「セミ」であることはどうでもよくなっていた。良く言えば「魂の解放」、悪く言えばただの「有頂天」そんな1日だった。

 

僕にとって鬼門である2週間を経過した頃、映画を観に行こうという話になった。これまた人生初の映画デートだ。何も計画せずに映画館に向かい、数ある映画の中から選んだのが「平成狸合戦ぽんぽこ」だった。テーマは環境破壊。ジブリの中では重い部類に入るこの映画をなぜ選んだのかはわからないが、映画デートも無事に終了した。

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「ぽんぽこ」の内容よりも新作予告で流れた「フォレスト・ガンプ」で泣いたことの方が記憶に残っている。今も数年に1回「ぽんぽこ」を観ることがあるが、何度観ても不思議な映画だ。その後その彼女とフォレスト・ガンプを観に行ったかどうかは覚えていない。ビデオ、DVD、動画配信とフォーマットは変わっていくが、その度に必ず観ている超名作だ。

「繕ってはいるが、2週間以上続いたことすらない初心者なんだ」

カッコつけても仕方ない。セミの抜け殻を発見される前に全て彼女に伝えた。彼女とはいろいろと話せたので、自然とそういう話もできた。伝えたことで楽になった。自分の中のダサいところを認めてくれるのはありがたかった。

 

サイゼリヤでよく食事をした。当時は今のような圧倒的ファミレス感はなく、雑居ビルの2階にたたずむ少しオシャレなお店だった。当時もミラノドリアはあったと思うし、毎回食べてたんじゃないかな。

 

婚活だとデートにファミレスを選んだだけで、不機嫌になる女性もいるらしいし、実際そういう話も聞いたことがある。「なんで私レベルの女がサイゼリアなの?」ってとこだろうか。思い上がるのはやめて初心を思い出してほしい。若い頃はサイゼリアでもじゅうぶん幸せだったはず。見つめるべきは相手の年収じゃなく、自分の感性だ。

 

彼女が誕生日を祝ってくれることになり、せっかくなので新宿デートをしようということになった。セミもついに新宿進出だ。「じゃらん」か「るるぶ」かわからないけどその手の雑誌で新宿を調べた。格安のホテルも予約した。自分の誕生日の演出に命を懸ける男・・・今思えば完全セルフプロデュースの成人式だ。

 

当日は「モーモーパラダイス」的な名前のすき焼きのチェーン店に行き、満腹になるまで食べた。そのあと新宿副都心のなんとか生命ビルの無料展望台に登った。東京の夜景を見ながら、ついにオレもここまで来たんだと感慨深かった。あそこが自分の人生のピークのひとつだったことは間違いない。

 

予約していた新大久保のホテルまで迷いながらもなんとかたどり着いた。どこからどうみてもビジネスマン向けのビジネスホテル。安さ最優先で選んだから仕方ない。でも今思えば、20歳の誕生日を祝うにふさわしい最高の場所だった。「センスないねえ」なんて罵られることもなく一緒に笑ってくれた。

 

その後、僕は20歳の若さで2つの家を持つことになる。

彼女と一緒の時間を増やしたくて、アパートを借りることにした。学校が終わる1月の終わりまで寮の契約が残っていたが、そんな悠長なことは言っていられない。必死になってアパートを探した。あの情熱と行動力は、若さならではのモノだ。

 

寮の部屋は別荘化し、寮の友人と遊ぶ際の起点になった。洗濯機や大浴場も使わせてもらった。主戦場はアパートの部屋。ついにテレビデオがフル稼働した。暇さえあればレンタルビデオ屋に行って、ビデオを借りてきて彼女と観た。シンドラーのリストみたいな重い映画も観た。今でも映画好きなのは、この頃に良い映画を見まくったのがルーツだと思う。

結局彼女とは1年くらい続いた。仲は良かったと思うけど、よくケンカもした。その後彼女は海外に留学し、帰ってくる頃には僕たちは終わっていた。それぞれに理由はあったと思うけど、恨んだりとか後悔したりとかそういう感情はない。自分の良さも悪さも出し切ったので、不完全燃焼した感覚がない。純粋にいい思い出だ。

 

僕の存在を初めて全肯定してくれた人。そして惨めだったセミを終わらせてくれた人。僕に初めて課金してくれた人。ただただ感謝。