内向的でも堂々と生きていける

主に人間関係について書きます。少しでも読んだ人が楽になれば嬉しいです。

8月31日の夜に思うこと

たいした実績も残せず44年間も生きてきた。

何も実績がないので偉そうに語ることなどないし、誰にも届かないかもしれない。

 

それでも言っておかなければいけないことがある。

44年間生きてきて思うこと。

 

物事を真剣に受け止めすぎるな。

 

あなたが繊細であればあるほど、世の中は狂っているように感じるでしょう。

それはある意味正解です。

ガサツな人々は本当に何も気にしませんし、何にも気づけません。

そういう人が割合的には9割なのでしんどいと思います。

 

人を傷つけることをなんとも思わないし、当然反省もしない。

注意しても逆ギレするだけ。

言っても無駄。絶対に変わらない。

気にするだけ時間の無駄ですよ。

 

ガサツということはより動物に近いということ。

「あ、この人は人間じゃないのだから言っても無駄だな」

そう思えば少しは楽になりませんか?

 

あれほど漫画のワンピースが売れているのに世の中には赤髪のシャンクスのような粋な人間はほとんどいない。

びっくりするほど学習能力がないのです。

だからこちらがそういう動物人間に対する接し方を学ばないといけません。

 

言っても変わらない。

周りに言っても無駄。

誰も自分の気持ちを分かってくれない。

 

そんな葛藤を乗り越えて、僕がたどり着いた結論。

それは1人を楽しむことです。

1人の時間を増やすことです。

人生それしかありません。

 

組織では生きていけないということは決して悪いことではありません。

それをとやかく言う人もいますが、それはそちらが狂っている。

人にとやかく言わないと生きていけない暇人は放っておくのが正解です。

 

孤立というのは悪い意味で使われることが多いですが、僕は1人の時間が大好きで誰とも話したくないと思うことが多々有ります。

僕にはこれが普通なのでどうしようもありません。

 

ジャンル的には人嫌いということになるのでしょうか。

ガサツな人々との会話で何かが生まれることはないので、僕は気の合う人、話が盛り上がりそうな人としか話しません。

それでなんとかなってきたし、今後もなんとかなるでしょう。

 

学校や会社、組織の中でしんどいのは普通のこと。

我慢することに貴重な時間を使わず、もっと楽に生きて欲しい。

 

繰り返しになりますが、ガサツな人は本当にガサツ。

話し合いは不可能。

 

9割の絶対に噛み合わない人々に神経をする減らすよりも、

残り1割の自分がポジティブになれる人々のために時間を使うべき。

 

そんな人すらいないなら、

本を読んだり、映画を見ればいい。

そこに救いはあると思います。