内向的でも堂々と生きていける

主に人間関係や楽な働き方について書きます。少しでも読んだ人が楽になれば嬉しいです。

言葉を選べる人だけが大人で、あとはみな幼稚園児

賢者は、

話すことがあるから口を開く

愚者は、

話さずにはいられないから口を開く

 

さすがプラトン先生。

これが現在も通用するということは人の本質や苦悩は何千年経っても変わらないということなのかもしれません。

 

僕は言葉使いが乱暴な人を全く信用してないです。

そういう人と5分一緒に過ごすと体調が悪化するほど体は全力で拒否します。ニュースやテレビを全く見なくなったのはそういう人に触れる時間を1秒でも少なくするためかもしれません。防衛本能に感謝です。

 

言葉遣いが丁寧なヤンキーがいないように、人の頭の良さや成熟度はそのまま言葉に出る。言葉を乱暴なまま使っているというのはそういうことですよ。

「オレは頭が悪いんだぜ」と全力で宣伝しながら生きていく人とつながっている意味はあるのでしょうか。貴重な時間を共有する必要ありますか。

 

感情的になった時に粗野な言葉が出るのは、口が脳みそにつながらなくなるからです。言葉遣いが悪い人は常にあの精神状態なのです。

子供が思ったことを全て口にするのは、まだ経験が浅いから。経験を重ね「これは言ってはいけないことなんだな」と学習して、言葉を選ぶようになります。

 

全ての人にその学習機能が備わっているなら、プラトン先生もあんなことをおっしゃる必要はなかったのですが、残念なことにその機能が備わらないまま生まれ、そのまま人生を終えていく人が多いのです。決して自分で気づくことはありません。自分で気づくという機能も備わっていないし、指摘しても逆ギレされるだけなので無意味です。

 

そういう人は607080になっても脳みそのレベルは幼稚園児と全く変わりません。

経験を「学び」として糧にしてこなかった。することができなかった。しようとしなかった。その機能が備わっていなかった。そのせいで他人にかけてきた迷惑の総量を想うと罪は相当重いですよ。

 

でも分かりやすくていいかなとも思います。

言葉遣いが雑な人、乱暴な人を見かけたら、その人と深く関与しなければいいのですから。それはリアルでもネットでも同じだと思います。

言葉遣いに配慮がないというのは、他人に対する敬意がない証拠です。基本的に言葉というのは他人に何かを伝える時に使うものですから。そういう人は自分本位で周囲に迷惑をかけながら、そして他人を不幸に陥れながら堂々と生きていきます。

 

人の知性や本質は言葉の隅々から発せられていて、それは一瞬にして伝わります。

そんなに長くはないであろう残りの人生、良い言葉を使っていきたいし、最低限の常識を持って言葉だけは選んでいきたいですね。

 

いいたいことがある。

想いが強い。

感情に負けて言葉を荒げるのではなく、そういう時こそ慎重に言葉を選ぶ。

難しいですが、実践していきたいと思います。