内向的でも堂々と生きていける

主に人間関係について書きます。少しでも読んだ人が楽になれば嬉しいです。

没頭のみが人を幸せに導く

ショーペンハウアーの大好きな言葉。

「虚栄心は人を饒舌にし、自尊心は人を寡黙にする」

 

例外もあるのですが、よく喋る人はたいてい承認欲求だけがやたらと強い傾向がありますね。

 

自分のことを思い返してもそうなんですよ。

自分の曲や作品、ライブに対して自信がなく、やたらと人に「どうだった?」と尋ねたり、「この曲のここがかっこいいんだよ」と意味もなく語ったりしていた時期がありました。

不安だったんでしょうね。不安だから堂々とできないのは当たり前のことです。

 

「オレが演奏したんだからかっこいいに決まってるだろ」という境地にはまだ達していませんが、最近は全く感想などを人には求めなくなりましたね。

達観なのか、諦めなのかはわかりませんが、人がどう思うかは僕の力ではどうにもならないです。相性が良ければ気に入ってくれるだろうと信じて演奏するだけです。

いい意味で「どうでもよくなった」のかもしれません。

 

ツイッター等でのエゴサーチ的なやつもしませんね。世の中にはメンションを飛ばして褒めてくれる人もいますが、それをリツイートして「俺は褒められてるんだぞ」と世間にアピールするのもなんかカッコ悪いじゃないですか。これは僕だけの古臭い感覚なのかもしれませんが。

 

一番痛感しているのは自分の実力以上のことをお客さんに求めていたなということです。

それが一番カッコ悪い。

 

本当に曲が良かったら聴いてくれますよ。検索してでも探して再生してくれる。

いわゆる「プロモーション」的なことばかりがやりやすい時代ですが、演奏や曲の質を高めることが最高のプロモーションだと僕は思っています。

実際、何かに熱中し没頭すると喋る時間は減るんですよ。

 

喋ってないで作業しろ。

ショーペンハウアーはそう語っているような気がします。

 

■繋がってないで作業しろ

一晩中友達とつながっていたいという欲求を叶えることを可能にしたインターネット。実際に高校生たちは一晩中グループトークでつながっていたりするらしいです。

友達と一晩中しゃべって何かが生まれるとは思いませんね。

 

僕が子供の頃には夜に1人になれるだけの「自由」があった。

もしあの頃インターネットなんかあったら、不良に呼び出される恐怖で気が気じゃなかったと思います。繋がりすぎは危険ですよ。

 

1人で何かをやった時間の積み重ねが最終的には自分を救います。

没頭し、何かを作り上げた時、それを理解してくれる人が現れます。

もし現れなかったとしてもその没頭は無駄じゃない。

 

芸術作品でも仕事でもそれは同じ。

文句ばかり言っている人はとにかく手を動かしません。

手を動かさないから、満たされない。

満たされないからまた不平不満を言う。

その負のループの連続です。

 

本気で手を動かすと、人のことはどうでもよくなる。

結果、自分のすべきことにフォーカスできるのでクオリティが上がる。

その時じゃないですか?プロモーションを開始すべき時は。

 

没頭することの一番のメリット、それは不安を感じる暇がないということです。

繋がってもどうせ不安になるのなら、1人になって何かを始めてみませんか。

確実に自分を救います。