内向的でも堂々と生きていける

主に人間関係や楽な働き方について書きます。少しでも読んだ人が楽になれば嬉しいです。

勝手に平成を振り返る 平成元年

「平成最後」というフレーズが氾濫しており「それはもういいよ」という声があちこちから聞こえてきます。

本来別れは突然やってくるもの、野良猫なんてある日突然いなくなってもう二度と会えません。それに比べればさよならを言う機会が十分に用意されているのは幸せなこと。終わりだと分かっているものを慈しむことができる貴重な機会だと僕は思っています。

 

■あの頃はまだレンタルレコードがあった

昭和が平成に変わった年、僕は中学二年生でした。

解散していたBOOWYを聴き始めたのもちょうどこの頃。BOOWYは昭和のみで完結したバンドだったんですね。

 

ちょうどCDが普及し始めたのもこの頃。僕が初めてCDラジカセを買ったのも確か中2の時のお年玉。最初に買ったアルバムがBOOWYのBEAT EMOTION、シングルが酒井法子の夢冒険。シングルは8cmのサイズでアダプターがなければ聞けない機種もありました。

 

昭和が平成に変わった頃、僕は買ったばかりのCDラジカセでCDを聴いたり、レンタルしてきたCDをカセットテープにダビングする行為をひたすら繰り返していました。それが楽しくて仕方なかったんです。カセットテープもノーマル、ハイポジ、メタルと3種類あってメタルは音が良かったのでメタルテープに憧れていた。少し値段の張るメタルテープを持っているだけでクラスのヒーローになれた、そんな時代です。デザインも多種多様で、可愛い系からオシャレ系、無骨な音質重視系とカセットテープを選んでいるだけで楽しい気分になれました。

 

その頃はまだレンタルビデオレンタルCDが統合してなくて「音楽」のレンタルだけでビジネスが成り立っていました。今でも覚えているんですけど、レンタルレコードがありました。あの重くてかさばるレコード(アナログ盤)をレンタルしていたのです。

あんなに携帯に不向きなものを貸し借りする不便さ。それでも音楽を聴きたいという需要があったんでしょうね。

 

あれから30年レンタルCDすらもう消えてなくなろうとしています。

音楽そのものも昔ほどの勢いはない。他に娯楽が増えたので仕方ないと僕は思っています。決して音楽が悪いわけじゃない。

 

ファミコン時代の終焉

消費税が施行されたのも平成元年。そういえば消費税がない時代もあったなあという感じです。

同じ平成元年にゲームボーイが発売されました。任天堂ファミコンを世に出す前にゲームウォッチという今のDSのような液晶が上下にあるハードを販売していました。オイルパニック、ドンキーコングを持っていたような気がします。

その任天堂ファミコンの大ヒットを提げて携帯ゲーム界に戻ってきた。すぐには買いませんでしたが、ゲームボーイにはお世話になりました。「役満」で麻雀の役を覚えたなあ。

ただ当時もあの画像の酷さには違和感を持っていた。スクロールすると目がチカチカするんですよね。しかも白黒。あれが大ブームになるんだから恐ろしい。今のスマホゲームはとにかく画像が綺麗。それだけで十分魅力的です。

この30年でどれだけ技術が進歩したか、ゲームボーイスマホを見比べればよくわかります。そこにこの30年分の全てが詰まっています

 

そういえば平成初期はまだファミコンだったんですね。

平成2年のスーファミ発売。それまではまだかろうじてファミコンの時代が続きます。

ドラクエ4ファミコンでしたね。

 

昭和と平成をまたいだファミコン

マリオ・ゼルダドンキーコングドラクエファイナルファンタジー等々ファミコン発のソフトはいまだに最新作が発売され続けています。

全てのTVゲームの基礎を作ったのはやはりファミコン。偉大です。

 

■30年で確実に時代は変わった

平成元年。30年も遡るとさすがに大昔だなあという印象です。

 

田舎だったせいもあると思いますが校則で坊主頭が強制だった。生徒全員坊主。

今考えると信じられないことが普通にまかり通っていた時代です。

教師が生徒を殴るのも当たり前だった。そして明らかに快楽のために生徒を殴っている輩もいた。今思えば不良の生徒よりも、そのおっさん達の方が悪質。

まだ昭和の暗黒面が色濃く残る時代でした。

 

いまだにあの時代を生きている人がいて、そういう人がたまにニュースに登場します。

あの人たちは次の時代になっても永遠に昭和を生き続けるのでしょう。

関与しないのが賢明だと思います。