内向的でも堂々と生きていける

主に人間関係や楽な働き方について書きます。少しでも読んだ人が楽になれば嬉しいです。

ストレスを抱えてまで親族と会う必要はあるのか

そろそろ仕事納めの声が聞こえてくるようになりました。

今年もあと数日なんていまだに実感がありません。

 

子供の頃は年末年始におじいちゃん、おばあちゃんの家に行くのが楽しみでした。行って何があるというわけではないのですが、なんとなく楽しかった。今同じように親族が集まる場所に行きたいか、絶対に行きたくありません。

大人になるとわかるのですが、どこの親族にも必ず人の生き様にケチをつける厄介な人がいます。そういう人々に関与するとろくなことにならないし、精神衛生上よろしくない。

ネガティブな空気を少しでも察知すると近づかない。黙々と実践しています。そんな猫のような警戒心を僕は身につけました。

 

前にも同じようなこと書きましたが、重要なことなので何度も書こうと思います。

 

面倒臭いと少しでも思うのなら親族と会う必要はないですよ

 

会いたくて仕方ない人同士が会えばいいのです。

乗車率200%・高速の大渋滞、そうまでして会う価値本当にありますか?

 

体力的にも疲れて、精神的にも消耗しきって、おまけにネガティブまで自宅に持ち帰って休んだことになるのでしょうか。仕事以上に疲れるのではないでしょうか。

本来、次の仕事への英気を養うのが休暇の目的ではないですか?

 

■身を引くことの重要性

そもそもなぜ他人の生き様にケチをつけたがるのか。

 

自分の人生を真面目に行きていないからですよ

 

自分自身に一生懸命であるほど他人に関与する余裕はない。僕はそうです。

誰かが結婚した、離婚した、子供ができた、会社を辞めた。本来どうでもいいこと。それは本人がこれから向き合って行くこと。それしか解決方法はない。

 

そういう格好のネタに食いつかずにはいられない、他人を放置できない人同士がつるんでお互いの人生を評価しあうのです。

「このままじゃあなたの人生はよくならないよ」

そういう空気を出してきて、すごく失礼なことを平気で言う。

僕は僕で十分すぎるほど楽しい人生を送っているのにその人にはそれが見えない。

 

そりゃあ、他人におせっかいばっかりしている人生はつまらないでしょうよ。

そういう感性しか育ててこれなかった自分の不甲斐なさを嘆くべきでしょう。

 

相手はそういうつもりはなくても、受け取る側の感度が高い時がどうしてもあります。

そういう時はこちらから身を引くのが手です。喋るのが好きな人は話題を見つけ延々と喋り続けます。それが相手を不快にしていると気づくことは永遠にないでしょう。

何も悪いことをしていると思っていないのですから。頭に浮かんだことをそのまま口に出している。ただそれだけのことでしょう。

 

「あんた、思ったこと全部言うね」

 

そういう人に伝えても意味はないのですが、思ったこと全部言うことの罪深さを認識してほしい。

そして口を閉じて考えるということを学んでほしい。

 

■平成最後の年末年始

僕はただ単におしゃべりな人が嫌い、それだけのことかもしれませんね。

賑やかな場所が好きな人がいれば、静かな場所が好きな人がいる。

それぞれの領域でお互いが楽しく過ごせばいいのではないでしょうか。

 

静かな場所を好む人が賑やかな場所を好む人に迷惑をかけるということは絶対にありませんがその逆はあり得ます。余計な関与は厳禁です。

 

面倒臭い人とは会わない。僕は徹底しています。

それだけで人生は激変します。

 

平成最後の年末年始、静かにウチで過ごすのが好きな人々に穏やかな時が訪れますように。