内向的でも生きていけるはず

主に人間関係について書きます。少しでも読んだ人が楽になれば嬉しいです。

クリスマスよりも重要な日

気がついたらもうクリスマス。

いまいち盛り上がらないのは年齢を重ねたせいでしょうか。

恋人たちのクリスマス(邦題)という曲がありましたが、あの時代はまだクリスマスに対して人々が全力で向かいあっていたような気がします。

 

クリスマスは恋人たちの日となっているのは日本だけ。

ぼっちクリスマスなんて言って自分を卑下する必要など本来ないのです。そもそも「ぼっち」なんて意識しているから異性に振り向いてもらえない。

堂々としている人がいつの時代も魅力的なんですよ。

 

■なぜ興味がなくなったか

本当にどうでもよくなってしまいました。

20歳くらいで強烈に意識し始めたクリスマス。それから二十数回同じようなことを繰り返し、単純に飽きたのだと思います。人は慣れる生き物です。

 

飽きた頃、本来ならば子供ができ子供のためにクリスマスを祝うようになる。

それを子供が高校を卒業するくらいまで繰り返す。

それにも飽きてしばらく経った頃、今度は子供が孫を連れてくる。

今度は孫のためにクリスマスを祝うようになる。

 

飽きがくる頃にまた新しい風が吹き、人生が終わるまで楽しめるようになっているイベント。それがクリスマス。

 

子供がいれば、今とは違った気持ちで向かいあえたのかもしれません。

そもそもクリスマスはキリスト教のイベント。日本人向けにアレンジされたこのイベントも原点回帰する頃かもしれません。

 

■ひとりの人間としての姿勢

そんなことより重要なのはその前日の天皇誕生日です。

最後の誕生日会見を見ましたが、胸が熱くなりました。

日本と日本国民のことをここまで真剣に考えてくれている人、他にいますか?

 

そもそも平成とは「平和の達成」を願いつけられたもの。僕は情けないことにそれすら知らなかったです。

平成30年間が「戦争のない平和な時代として終わろうとしていることに安堵している」との言葉には思いがこもっていました。

 

会見の中では奥様である皇后陛下を気遣う言葉には思わず涙声に。

天皇としてではなく、1人の人間としての本音が現れた瞬間でした。

 

被災地を訪れる姿は真剣に平和を願ってのこと。決して義務ではない。

今更ながらその姿勢に感動します。

自分のエゴを一切表に出さず、平和の伝道師として30年間、働いてこられました。

即位された時点で55歳、それからの30年間、体力との戦いだったと思います。

本来ならばスロウダウンしていく年齢からの激務。本当にお疲れ様でした。

 

戦争回避とか大きいことは僕にはできませんが、日々の小さな争いごとの火種を生まぬよう、これからも精進していきたいと思います。

 

天皇誕生日とクリスマスイブ、そしてクリスマス。飲食店で働いていた頃はここが忙しさのピークで毎年修羅場でした。今となってはいい思い出です。

来年からは平日に戻ってしまう天皇誕生日

なんだか寂しい気持ちでいっぱいです。