内向的でも生きていけるはず

主に人間関係について書きます。少しでも読んだ人が楽になれば嬉しいです。

フェスのポイ捨ては永遠になくならないが絶望することはない

■夏は終わるがポイ捨ては終わらない

暑かった夏がなんとか終わろうとしている。ロックフェス、夏祭り、花火大会など様々なイベントが各地で開催された。皆さんは楽しめましたか?

フェスやイベントの度に、ゴミのポイ捨てを嘆く声を耳にする。僕自身も何度もそれを目撃しているし、最近イベントのゴミ拾いをやったので実感としてよくわかる。

 

ポイ捨てをする人間は捨てられたゴミ以下の人間だ

 

と強く思う。

 

あるロック系フェスの日に某牛丼屋で明らかにフェス帰りとわかる集団と一緒になった。食べ終わるタイミングが同じで、その集団が駐車場から出る一部始終を見ていたけど、その車の置き土産として空きペットボトルが車の形に沿って3、4本立ててあってマナーのなさに呆れた。ペットボトルで魔方陣作るのが流行っているのか?

あの光景は忘れられない。

 

その一方でまじめにゴミを分別し、きちんと捨てて帰る人がいることも知っている。そちらが大多数だということも分かる。自宅のペットボトルのゴミ捨てをする時に皆きちんとラベルが剥がしてあって毎回感心する。そういう人が大勢いる現実も確かにある。

 

日本のロックフェスの問題点はゴミのポイ捨てだと嘆いている人、

フェス ポイ捨て 海外

で画像検索してみてほしい。

 

あれを見ると考え方が変わると思う。文化が違う。全てにおいてレベルが違う。

そりゃあワールドカップで絶賛されるよ。

彼らにとっては「ゴミはその場に捨てるモノで拾う係がいるからそれは当然のこと」そういう考えだ。それを真似しろとは言わないが、現時点で日本のフェスの方が圧倒的にゴミが少ないのは一目瞭然だ。

 

もちろん高い理想を掲げている日本のフェスの理念もわかる。ここは海外じゃない、ああなってはいけないというのもわかる。しかし一部のどうしようもない人種の愚かな行為はこの世からなくならないよ。それを気にしすぎて傷ついたり腹を立てたりして消耗する必要は全くない。現段階でも日本のフェスはゴミが少ない。それでいいと思う。

現時点でゴミ捨てができている人は今後もできるし、できてない人は今後もできない。それだけのことだ。人は変わらない。変えようとしても意味がない。

 

■人が多く集まればある一定数そういう人が現れるのは仕方がない

日本のフェスでも確かにポイ捨てをする人はいるが、それはほんの一部の人で気にすることではない。確率の問題。大多数の人はしていないから一部が目につくだけのこと。

それを見て「ああ、自分もポイ捨てしよう、してもいいんだ」と思ってしまうのが問題であって、そう思わなければいい。自分の信念をつらぬけばいい。

忠告や喧嘩をしてまでゴミを捨てさせる必要もない。捨てる人間はそういう人間。それは仕方のないことだ。割り切ろう。諦めよう。

 

そういう人はモテない、社会的にも評価されない人生を勝手に送っていく。世の中によって分別されていくので放置すべし。

あなたが捨てなければそれでいいじゃないですか。

もし他人のゴミまで拾って捨てるならなおさら素敵じゃないですか。

 

ゴミを捨てないことを熱心に訴えるアーティストのCDやグッズを買ってサポートすればいいし、ゴミを捨てているアーティストを見つけたらその人たちのグッズを買わなければいい。それを粛々と実行していけば、全てがあるべき姿になっていく。

豊かになるべき人は豊かになり、貧しくなるべき人は貧しくなる。自然の摂理。

 

他人を変えようという気持ちをまずポイ捨てしましょう。あの人たちは変わらないよ。

 

■今後は堂々と楽に生きよう

ポイ捨てが気に入らないと思う、感じる時点でもうすでにスタートラインに立っている。誇りを持って堂々とすべきことをすればいいだけ。今後も人生を楽しめばいいだけ。

何も感じない人はスタートラインにも立てない。

そういうものだと僕は思います。

 

今この時点でできていることに気持ちを切り替えた方が楽に生きていける。

来年はもっと楽な気持ちでフェスやイベントを楽しんでください。

 

変わらないものを無理して変えなくてもいいという話でした。